2022年3月30日

OpticStudioで人間の皮膚および光学心拍数センサをモデル化する方法

Category: Product News

光電式容積脈波記録法(PPG)は、皮膚表面の生理学的計測を行う、低コスト、非侵襲の光学技術です。この方法が最も幅広く適用されている用途の1つが、市販のスマートウォッチやスポーツブレスレットなどに搭載された心拍数のウェアラブルセンサです。日々の活動において心拍を快適かつ継続的に測定できます。この記事では、Zemax OpticStudioで生理学的計測の対象として人間の皮膚をモデル化する方法と、PPGによる心拍数センサ 時間依存シミュレーションをZOS-APIを使用して実行する方法を紹介します。

PPGデバイスは、赤外または可視光領域の発光ダイオード(LED)と光センサから構成されます。組織内の血液の体積変化を検出する、シンプルな光学的手段を提供します。血液は、周辺の他の組織よりも強く光を吸収および散乱します。したがって、血液の脈動は、ディテクタに逆位相の信号変化として検出されます。この記事では、OpticStudioで人間の皮膚組織モデルを実装する方法と、PPGデバイスで測定される時間依存信号をZOS-APIアプリケーションによってシミュレートする方法を紹介します。

基本設計

PPGセンサは、反射または透過モードのいずれかで使用できます。光の侵入深さは波長によって異なります。このため緑と黄色のLEDは表在血管の血流測定に最適で、通常は反射モードで使用されます。これに対して、赤外および近赤外の波長は深部組織の血流測定に適しており、透過モードでの使用も可能です。この記事では、反射モードのPPGデバイスのユースケースを取り上げます。

 

目標は、関連文献で発表されているデータに基づき、現実的な皮膚のモデルを開発することです。したがって、皮膚と血液の両方について光学パラメータが広く入手できる波長の適用を目指しました。そのような波長は、市販デバイスで最も頻繁に使用されている値にも近くなります。検討の結果、モデル化する波長として575 nm、光源としてQSMF-C160 LED(Avago Technologies社製)を選択しました。このLEDのモデルはRadiant Source Modelsライブラリから直接ダウンロードが可能で、Radiant Source Modelファイルから光線を生成することで光源(ファイル)を作成できます。これは、OpticStudio Premium Editionで使用できる機能で、ナレッジベース記事『How to generate a ray set from an RSMX Source Model』で詳細に解説しています。

人間の皮膚のモデル

人体組織からなる媒質内の光伝搬をシミュレートするために、表皮、真皮、皮下脂肪を考慮した、層状の皮膚モデルを実装しました。このユースケースの第一目標は、PPGベースの心拍数センサのシミュレーションです。PPGセンサで重要になるのが、血液の脈動によって生じる変化の測定であることから、脈動が観測される層の正確なモデル化に重点を置きました。この方針に従い、真皮を構成する層を、含まれる血液量の値に応じて別々にモデル化しました。具体的には、乳頭層、乳頭下層、上部毛細血管網層、網状層、下部毛細血管網層です。一方、表皮に血液は含まれないことから、モデルをシンプルに保つために、角質層、顆粒層、有棘細胞層、基底細胞層のすべてを1つの厚い表皮層と見なすことにしました。最後に、発表されているほとんどの皮膚モデルと同様に、皮下脂肪も1つの層で表現しました。

OpticStudioでは、以上の層のすべてを矩形体積としてモデル化します。層の厚みは文献データに基づいて設定し、断面の幅は側面からの光がディテクタ方向に漏れないサイズとしました。後ろの層は、前の層を基準オブジェクトとして配置し、Z位置の値には、前の層のZ長さの列を参照するピックアップソルブを適用します。この方法により、各層を互いに隙間なく密着して配置できます。

組織層のカスタマイズ

このケーススタディは、文献データのみを使用しており、研究の過程で新たな測定は一切行っていません。今回のモデルパラメータは公に発表されているデータに基づいてはいるものの、人の皮膚の光学パラメータは母集団間で大きく異なる可能性があることに注意が必要です。つまり、特定の被験者集団には、異なるパラメータが必要になるかもしれないということです。したがって、用途によっては、より正確なデータを入手できる可能性があり、その場合はモデルを遠慮なくカスタマイズしてください。

皮膚内の個々の血管をすべて記述するには、複雑な空間配置を持つオブジェクトを数百個追加する必要があり、モデルの普遍性が損なわれることから、文献でもそのような手法によるモデル化は一般的ではありません。この研究でもその手法は採用しませんでした。代わりに、血液と周辺組織の光学パラメータの重み付け平均を計算することで、各種皮膚層内の血液量を考慮しました。

OpticStudioでは、以下の生データに基づき、材質ソルブの[モデル](Model)を使用して皮膚層の材質をモデル化しました。

皮膚層

n @ 575 nm

血液量[%

表皮

1.45

0

乳頭層

1.40

2

上部毛細血管網層

1.40

5

網状層

1.40

1

下部毛細血管網層

1.40

5

皮下脂肪

1.44

5

血液

1.35

n/a

組織内のバルク散乱

生体組織などの混濁媒質内の微粒子による光散乱は、Henyey-Greenstein分布関数で正確に記述できます。Henyey-Greensteinモデルの自由パラメータは、異方性パラメータgの1つだけです。このパラメータの領域は[-1, 1]の範囲にあり、g = -1は後方散乱、g = 0は等方性散乱、g = 1は前方散乱に対応します。散乱光の角度分布は、次式で求められます。

OpticStudioのノンシーケンシャルモードでは、DLL(Henyey-Greenstein-bulk.DLL)によるHenyey-Greensteinバルク散乱モデルを使用できます(DLLはOpticStudioのインストールファイルに含まれています)。このモデルについては、DLLの総合的な分析とともにナレッジベース記事『Henyey-Greenstein分布を使用したバルク散乱をモデル化する方法』に詳述されています。これに加えて、OpticStudioによる表面散乱およびバルク散乱モデルの詳細な説明については、次のナレッジベース記事をお読みください。『OpticStudioで利用可能な散乱モデル

本稿に添付された多層の皮膚モデルでは、文献に発表されている現実的な値に基づいて、各層の散乱パラメータを設定しています。Henyey-Greenstein散乱DLLの入力パラメータは平均光路(Mean Path)、透過率(Transmission)、異方性パラメータgです。一方、文献では、一般的に、異方性パラメータとともに散乱係数µsと吸収係数µaが掲載されています。このため、モデルの入力パラメータを次式によって計算しました。

 

前述の屈折率と同様に、各種皮膚層の散乱係数、吸収係数、異方性の各パラメータを、血液とそれ以外の組織に対する重み付け平均として計算しました。計算は、照射する波長575 nmに対応する、次の生データに基づいています。

皮膚層

µa1/mm

µs1/mm

g-

表皮

1

20

0.79

乳頭層

0.28

21.5

0.79

上部毛細血管網層

0.28

21.5

0.79

網状層

0.28

21.5

0.79

下部毛細血管網層

0.28

21.5

0.79

皮下脂肪

0.081

1.396

0.75

血液

32.4

50

0.98

下図は、多層皮膚モデル、および組織内の光伝搬の様子を示す3Dレイアウトプロットです。個々の散乱イベントを表示するために、プロットではセグメントごとに光線の色を変えています。

プロットに加えて、数値データによる結果も得られるように、設計には3個のディテクタ(矩形)オブジェクトも配置しました。ディテクタは、皮膚表面から薄い空気の隙間によって隔てられています。2つのディテクタは断面の幅が皮膚層と同じで、一方は光源、もう一方は皮膚モデルの方向を向いています。これによって前者は入射光、後者は後方散乱光のすべてを参考値として捕捉します。3番目のディテクタは小さく(2 mm x 2 mm)、これも皮膚の方向を向いています。PPGデバイスの一般的な光ディテクタを表します。

上記の設計は、測定/シミュレーションの時間依存性が関係ない場合、既製の皮膚モデルとして使用することができます。

シミュレーションファイルにアクセスし、心拍数モニタリングのために組織内の脈動血流を模倣する方法など、ZOS-API を用いた時間依存効果のモデリングに関する詳細は、こちらの記事全文をご覧ください

Zemax の機能をお試しいただくには、こちらから無料体験版をダウンロードしてください

著者:

Csilla Timar-Fulep
Senior Application Engineer
Zemax