2022年2月8日
ヘッドアップ ディスプレイの作業で使用するツールの選択

自動車用ヘッドアップディスプレイ(Automotive Head-up Display)は、データを表示する車内の透明なディスプレイであり、ユーザが走行中前方から視点からそらす必要がないという特徴があります。名前の由来は、パイロットが頭を下げ計器を見るのではなく、前方を見ながら情報を見ることができることに由来する。
このブログ記事では、ヘッドアップディスプレイ(HUD) の性能を設計・分析する際の OpticStudio ツールの使用方法を紹介します。
HUD の説明
以下に HUD のスケッチを示します。LCD ディスプレイから光が照射されます。この光は、HUD を形成する 2 枚のミラーで反射し、さらにフロント ウィンドウで反射して、最終的に運転者の眼に届きます。運転者には、車両の速度などを示す虚像が道路上に見えます。
運転中の運転者はその頭を動かします。アイボックスは、運転者の眼の位置が占める範囲を表現する仮想的な空間です。


ここでは、次のような仕様のヘッドアップディスプレイ(HUD) システムを例に挙げて説明します。
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虚像の距離 : 2 m
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現在の車速の表示
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機械的な制約 : HUD は、主にダッシュボードの下で利用できる空間による制約を受けます。フロント ウィンドウがビーム スプリッタとして機能します。
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アイボックス : 運転者の眼の位置は、幅が ±50 mm、高さが ±20 mm のボックスの範囲に収まります。
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眼の瞳径 : 明所では 2 ~ 4 mm、暗所では 4 ~ 8 mm。このスタディでは 4 mm に設定します。
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LCD ディスプレイのサイズ : 幅 ±12.5 mm、高さ ±5 mm
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倍率 = 6
HUD の設計手順
虚像からディスプレイへ : シーケンシャル モードで逆方向に設計します。その理由は、運転者が見る虚像からシミュレーションを開始するほうが効率的であるからです。これにより、光学系の前に絞り面を配置できます。この絞り面の位置がアイボックスの位置になります。この絞り面に矩形アパチャーを配置して、眼の位置に対する制約とします。
ディスプレイから虚像へ : つづいて、シーケンシャル モードで光学系を反転します。これによって、本来の方向であるディスプレイから虚像に至る「真の」性能を評価できます。
最後に、この光学系をノンシーケンシャル (NSC) モードに変換します。 これにより、より現実的なモデルが得られ、迷光解析を考慮できるようになります。HUD を使用して運転者が実際に見る画像が、このモデルで表示されます。
このブログ記事では、ステップ 1 のみを検証します。ステップ 2 および 3 の詳細については、ナレッジベースの記事をご参照ください。
手順 1: 虚像からディスプレイへ (逆方向での設計)
設計の選択
HUD の設計は、ダッシュボードの下に収まる十分に小さいサイズを実現できる折りたたみ光学系から開始します。HUD は 2 枚のミラーで構成し、その 1 枚は平面、もう 1 枚は自由曲面です。ミラーには、結像光学系に色収差が発生しないという利点があります。この自由曲面ミラーには最適化が必要です。
作業の便宜性を考慮して、当初のエレメントをすべて配置したテンプレートが作成されています。このファイルには、フロントガラス全体の自由曲面モデルが収められています。フロントウインドウは拡張多項式面として記述されています。このファイルの構造を確認します。
システム エクスプローラ :
アパチャー : アイボックスは、この光学系の絞り面です。アイボックスは、運転者の眼の位置が占める範囲を表現するので、幅が ±50 mm、高さが ±20 mm の矩形アパチャーを絞り面に配置します。
したがって、入射瞳径 (EPD) は、2 x (sqrt (20^2+50^2)) = 108 mm と計算できます。

視野 : 視野の [タイプ] (Type) を [物体高] (Object Height) に設定し、[正規化] (Normalization) として [矩形] (Rectangular) を定義します。実際の光学系では、LCD 上の画像が 6 倍に拡大されて虚像が形成されます。現在の設計は、虚像から LCD ディスプレイに向かう逆方向の設計なので、虚像のサイズを物体高として計算し、そのサイズを使用して視野データ エディタで視野サイズを定義できます。LCD ディスプレイのサイズは、幅が ±12.5 mm、高さが ±5 mm です。物体のサイズは、この値の 6 倍なので次のようになります。

波長 : LCD ディスプレイは、550 nm の単一波長で発光しています。
フロント ウィンドウ

フロント ウィンドウ全体をモデル化できるほか、HUD で使用するフロント ウィンドウ領域のみをモデル化することもできます。
その「アクティブな」領域を探し出すには、フットプリント ダイアグラム ツール ([解析] (Analyze) → [光線とスポット] (Rays and Spots) → [フットプリント ダイアグラム] (Footprint Diagram) の順に選択して表示します) を使用します。このツールには、次のようにフロント ウィンドウの面に重ね合わせたビームのフットプリントが表示されます。
フロント ウィンドウのモデル :
フリーフォーム面などの任意のシーケンシャル面またはノンシーケンシャル CAD パートでフロント ウィンドウを記述できます。NSC CAD パートとして記述したフロント ウィンドウをシーケンシャル光学系に挿入すると、光学系は混合モードになります。虚像からディスプレイへ、光学系を逆方向にモデル化するのであれば、このモードは良好に機能します。しかし、本来の方向でモデル化する場合は、このモードが問題になります。ノンシーケンシャル コンポーネント面の後に絞り面が位置するからです。このモードによって、レイ エイミングの難易度が高くなり、光線追跡上の別の問題も発生することが考えられます。
この例では、拡張多項式面を使用してフロントウインドウをモデル化しています。
すべてのエレメントの配置
すべてのエレメントの位置を表すレイアウトを以下に示します。

次に挙げる便利な各種ツールを使用して各面を配置します。

座標ブレーク リターン : [面のプロパティ] (Surface Properties) → [ティルト/ディセンタ] (Tilt/Decenter) で座標リターンを使用して、座標ブレーク面を定義できます。この座標ブレーク面の後のローカル座標が、座標ブレーク前のシーケンシャル面のローカル座標と同一になるように (座標ブレーク前のローカル座標系に「戻る」ように)、OpticStudio によって、この座標ブレーク面の各パラメータが計算されます。

主光線ソルブ : このソルブでは、座標ブレーク面の中心が主光線と一致し、座標ブレーク面が主光線と直交するように、座標ブレーク面のティルトとディセンタが計算されます。
初期の性能
光学系に収差を持ち込むエレメントはフロント ウィンドウです。その収差がどの程度であるかを検討します。
この光学系は、無限遠 (運転者の眼) から入射した光がフロント ウィンドウで反射する光学系に簡素化できます。この反射後のスポット ダイアグラムから、「実際の」フロント ウィンドウに対する光線角度と、理想的で平坦なフロント ウィンドウ (平面ミラー) に対する光線角度を知ることができます。

フロント ウィンドウのミラーによって発生する収差を解析するには、[解析] (Analyze) → [収差] (Aberrations) → [全視野収差] (Full-Field Aberration) をクリックします。ここでは、ザイデルの収差ツールを使用できません。ザイデルの収差は、回転対称光学系の 3 次収差のみを記述しているからです。
全視野収差解析では、波面収差のゼルニケ分解を計算し、視野全体のゼルニケ係数を表示します。
全視野は、次の図で赤い四角で囲まれた設定で定義します。

このような視野点を次の図に示します。
[解析] (Analyze) → [波面収差] (Wavefront) → [ゼルニケ標準係数] (Zernike Standard Coefficients) を選択した場合と同様に、視野点ごとに波面収差が一連のゼルニケ標準多項式にフィッティングされます。次の設定で、このフィッティングを定義します。収差項を使用して、表示する項を次のように選択できます。

収差では、次のようにゼルニケ標準第 5 項 (Z5) とゼルニケ標準第 6 項 (Z6) から一次非点収差が計算されます。

[表示] (Display) を [アイコン] (Icon) に設定すると、ラインの長さで収差の大きさ、ラインの方向で収差の角度が示されます。

この光学系の結果は次のようになります。
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デフォーカス : 174.4 波長
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一次非点収差 : 平均値 : 80.2 波長
ここでわかるように、この当初の光学系は、フロント ウィンドウで発生する非点収差によって性能が制限されています。フロント ウィンドウによって焦点がわずかに移動しています。ただし、LCD ディスプレイ上でビームがフォーカスする設計であることから、デフォーカス値は問題ではありません。HUD の設計は非点収差の補正から始まります。
評価関数の構築
フロント ウィンドウによって発生する非点収差が補正されるように自由曲面ミラーを最適化します。まず、[最適化] (Optimize) のクイック調整ツールを使用して、自由曲面ミラーを球面ミラーにします。これは適切な出発点になります。

デフォルトの評価関数の構築 :
最小のスポット (RMS スポット) が得られるように最適化するデフォルトの評価関数を構築できます。この光学系にはアパチャーがあるので、矩形アレイを使用して瞳をサンプリングします。

ここでは全視野収差を使用して視野サンプリングを確認できます。全視野で収差を簡単に変更するには、より多くの視野点が必要になることがあります。
つづいて、評価関数の先頭でオペランドを使用して、次のような他の仕様を手動で追加できます。
倍率 : 仕様として、倍率に関するものがあります。REA* (実光線座標) オペランドを追加して、LCD ディスプレイ上で視野位置が占める X 座標と Y 座標を確認できます。DIVI オペランドを使用して倍率 (主光線の像面上での高さと物体面上での高さとの比) を計算できます。これらの DIVI オペランドには重み係数として 10 が設定されます。


ディストーション : 最後の仕様としてディストーションに関するものがあります。ディストーションは 2% 未満であることが必要です。
注:座標ブレークがある非対称光学系では、ディストーションのような近軸計算が必ずしも良好には機能しません。ディストーションのオペランドを使用する場合は、得られた結果に意味があることを必ず確認します。視野の 4 つのコーナーに CENX と CENY を使用し、セントロイドの位置に基づいてディストーションを手動で確認し、また計算できます。
これで評価関数を使用できるようになります。
自由曲面ミラーは、11 項から成るゼルニケ標準サグ面を用いてモデリングされています。最適化ではゼルニケ多項式面がきわめて有用ですが、光学系を製造するには、これらの面を拡張多項式面のような標準多項式面に変換することが必要になる場面があります。

これで評価関数を使用できるようになります。
自由曲面ミラーは、11 項から成るゼルニケ標準サグ面を用いてモデリングされています。最適化ではゼルニケ多項式面がきわめて有用ですが、光学系を製造するには、これらの面を拡張多項式面のような標準多項式面に変換することが必要になる場面があります。
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Z1 はピストン項であり、使用しません。
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Z2 と Z3 はティルト項です。LCD ディスプレイなどのエレメントの各位置は固定されているので、ティルト項は使用しません。
[最適化] (Optimize) → [最適化] (Optimize!) による最初のローカル最適化の後、次のように全視野収差を確認できます。

視野全体での平均値は次のようになります。
デフォーカス : 7.8 波長 |
これで、より多くのゼルニケ項を最適化することの利点を調査できます。
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Z4 はデフォーカス/像面湾曲項であり、変数として設定されています。
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Z5 と Z6 は一次非点収差項であり、変数として設定されています。
最適化の後、視野全体の平均値は次のようになります。
デフォーカス : 15.0 波長 一次非点収差 : 9.1 波長 一次コマ収差 : 6.9 波長 |
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Z7 と Z8 は一次コマ収差項であり、変数として設定されています。
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Z9 と Z10 は楕円コマ収差項であり、変数として設定されています。
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Z11 は、他の収差とのバランスをとった一次球面収差の項であり、変数として設定されています。
次の設定で 1 分間の Hammer グローバル最適化を実行します。

最適化の結果
最適化の結果を確認できます。光学系をまだ反転していないので、この性能は「実際の」性能ではなく「光線の方向が逆方向の」性能です。
スポット サイズ (ぼやけ) : スポットの RMS は 200 µm 未満です。これだけでは十分な情報が得られません。光学系を反転したときに角度によるサイズを確認する必要があります。
非点収差とコマ収差 : 全視野収差をもう一度確認すると、最適化によって一次非点収差が減少したかどうかがわかります。一次非点収差のほかに、HUD の像質に影響することが考えられるゼルニケ項としてコマ収差と球面収差があります。以下の結果で使用した視野は総視野です。総視野は、HUD のアイボックスの範囲で運転者が頭を上下左右に動かしたときに見える最大範囲を角度で表した値です。両眼で見た場合の視差も考慮されています。
視野全体の平均値は次のようになります。
デフォーカス : -3.6 波長 一次非点収差 : 10.7 波長 一次コマ収差 : 2.2 波長 |
非点収差は、80 波長から 11 波長に減少しています。次のプロットでは相対スケール (表示設定) を使用していて、絶対値から平均値を減算しています。このプロットからは、視野全体にわたる収差の変化がよくわかります。



Distortion: just above 2%

光学系の反転は簡単ではありません。レンズ データ エディタのエレメントの反転ツールにはいくつかの制限事項がありますが、HUD の光学系は、座標ブレークと非標準面を使用していることから、明らかにこの制限事項に抵触します。
この方法の詳細、および、設計データをノンシーケンシャルモードにエクスポートし更に解析する方法については、ここをクリックしてナレッジベースの記事全文をご覧ください。
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著者:
Sandrine Auriol
Senior Optical Engineer
Zemax an Ansys Company